カタルシス・・・③アリストテレスは悲劇の目的をパトス(苦しみの感情)の浄化にあるとした。最も一般的な理解では、悲劇を観て涙を流したり恐怖を味わったりすることで心の中のしこりを浄化するという意味。(広辞苑より)
カタルシス・・その意味を最も体感できたのがこの作品です。
1984年東ドイツ・ベルリンは、シュタージ(国家保安官)の監督下にありました。優秀なシュタージであるヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、国家に反逆する思想の持ち主の取り調べも行い、自分の仕事に誇りを持っていました。
ある時、新進気鋭の演出家であり作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)と、その恋人である舞台女優のクリスタ(マルティナ・ゲデック)の同棲生活を盗聴するように命じられます。
シュタージとして淡々と二人の日常を観察していたヴィースラーでしたが・・・二人の愛情の深さやドライマンの豊かな芸術的な感性に触れていくうちに、心の奥深くに閉ざされていた人間的な情感を感じるようになってきたのでした。
国家の権力者の大臣は、魅力的なクリスタを手に入れるがために、ドライマンの反逆の証拠を執拗に探させます。
一方、自分の創作のため国家権力とも合わせてうまく振る舞える優秀なドライマンでしたが・・反政府思想の友人から「形だけの理想主義者だ!」と非難されてしまい悩みます。
そんな時に、国家に7年間活動を禁止させられてきた尊敬する演出家のイエルマンが自殺してしまいます。
「来生では、執筆を禁じられない幸せな作家になる」という言葉を残して。
クリスタへの愛と作家としての表現の自由を守るために、とうとう行動を起こすことにしたドライマン。そのことを盗聴したヴィースラーは、ある決断をします。
この映画は、ストーリー的にも巧く素晴らしいのですが・・・シュタージが当時どのように動いていたとか、盗聴していたとかを丁寧に描き、ベルリンの壁崩壊後の今、そのシュタージの記録を公開しているということまでしっかりと描かれています。
1989年ベルリンの壁崩壊は決して大昔のことではありません。しかし、いったいどれほどこの国(分断されていたドイツ)のことを知っていたのか・・・私は、全く知らなかったわけです。
この映画は、ぜひ最後まで観ていただけたらと思います。
生涯の一本と思えるほどの映画との出会いは人生の喜びです。「善き人のためのソナタ」2006は、第79回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品です。
アメリカ以外の作品の情報がとりにくい現状では、この外国語映画賞にノミネートされた作品は非常に貴重です。
過去の受賞作品も・・古い所では「道」「カリビアの夜」「昨日・今日・明日」「バベットの晩餐会」・・ちょっと最近では「ニュー・シネマ・パラダイス」(なんかイタリア映画多いですよね)・・「オール・アバウト・マイ・マザー」「海を飛ぶ夢」「瞳の中の私」私の趣味で偏った紹介ですが・・・ノミネート作品も珠玉の名作が多くて!!またゆっくり紹介がてら語りたいなと思っています。
クリスタ役のマルティナは、ドイツのこれまた珠玉の名作「マーサの幸せレシピ」の女優さんです。キース・ジャレットの名曲が心地よいお薦めの作品です。
監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクの最新作は、ヴェネツイアとジョニデが魅力的な「ツーリスト」でしたが、今後の作品も大いに期待してます。
最後に主役のヴィースラー役のウルリッヒ・ミューエですが・・非常に残念なことに2007年に亡くなられていました。ご冥福をお祈りいたします。
2013.10.9